フェルマーの最終定理

「お前は知っているのか」悪魔は打ち明けるように言った。「よその惑星でいちばんの数学者にだって、この問題は解けなかったんだぞ。ここの数学者よりずっと頭はいいんだがな。土星にいたある男なんぞはーこれが竹馬に乗ったキノコみたいな奴でなー偏微分方程式を暗算で解いちまうんだが、奴でさえこれにはお手上げだったんだ」
アーサー・ポージス『悪魔とサイモンフラッグ』





アマゾンの50以上の読者レビューのほとんどが最高点5つ星をつけての大絶賛だったこの作品。
これほど見事な展開に溢れ、ドラマチックな緊張感を持ったノンフィクションは読んだことがない。
数学の知識をほとんど読者に要求することなく、歴史と人間ドラマの物語の中で自然と入ってくる奇跡に近い名著だ。ズバ抜けた構成力や文章力も、それ自体素晴らしいものだった。

「フェルマーの最終定理」は、17世紀の偉大なアマチュア数学者、フェルマーが残した有史上最高の難問である。
以来350年、幾多の数学者がこの難問に挑み続けてきた。





3以上の自然数nに対して

Xn + Yn = Zn


を満たすような自然数、X、Y、Zはない。

(n=2ならば、かの有名なピュタゴラスの定理である)

さらフェルマーは、その後何世代にもわたって数学者たちを悩ますことになる謎掛けのメモも残していた。
『私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことは出来ない。』

歴史上、数多くの数学者が全力でこの問題に挑んだ。だが、誰でも理解可能な問題でありながら、350年の間、誰もそれを解くことができなかった。解けないものとあきらめかけていた1995年、現代の数学者ワイルズが8年の歳月をかけて研究し、ついに完全証明を達成したのだ。

この証明には、ある日本人数学者たちによる大きな架け橋が重要なカギを握っていた。谷山=志村予想である。しかしその谷山の自殺、19世紀31歳で決闘で死んだ5次方程式の天才ガロアの決闘前夜に書き記した記述、ワイルズの致命的欠陥・・・時空を超えた数奇なノンフィクションに引き込まれる。
楕円方程式、モジュラー形式、谷山=志村予想、コリヴァギン=フラッハ法、ガロアの群論、岩澤理論・・・。

「もはや噂はそこらじゅうにはびこり、幸運な人々は満員の講演会場に潜り込めたが、あぶれた人たちは通路で爪先立ちをして窓から覗き込むしかなかった。ケン・リベットは、今世紀最大の数学発表を見逃す事のないように手筈を整えていた。・・・ワイルズは黒板にフェルマーの最終定理を書き終えると、聴衆に向き直ってこう告げた。『ここで終わりにしたいと思います。』」

中学生のときに読みたかった。もう一度数学をやり直したいと、思った読者は数知れないと思う。容疑者Xの献身(文春文庫-東野圭吾)での4色問題も、博士の愛した数式(新潮文庫-小川洋子)も、全てはこの本があってこそだったのだと思うと感慨深い。
是非、ご一読あれ。

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